魔法の泉② 最終話

この記事はシリーズです。

魔法の泉①-魔女狩りの真実-

こちらからお読みください。

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もし、私たちが「すべては内側にある」という信念を持っていたら、私たちはこの人生をどう扱うのでしょうか?全く違うように扱うでしょう。なぜならすべては外側ではなく、内側にあるからです。


問題が起こると、いったん自分の部屋へ行き静かな時間をとるかもしれません。そして、一体なぜこのような問題が起こったのか、真相は何なのか?それを知るために、まず心を落ち着け、私たちは、内側の「魔法の泉」へと入っていくかもしれません。



その泉の水を覗くと、一体何が起こっているのか、何が真実なのか、明らかになります。自分が勝手に妄想し決めつけていた事実ではなく、個人の見方や個人の感情を通してでは見えなかった、本当の見解が明らかになるでしょう。


そして私たちは、穏やかに、何をすべきか悟るのです。


他の人が羨ましく、自分が惨めでたまらない気持ちになることもあります。

そんな時、内側の魔法の泉を訪れます。泉の水の清らかさが、自分が惨めさをこうむってでも物事に真摯に向き合った美しさを思い出させてくれるでしょう。

自分が惨めな被害者ではなく、その真逆、輝く魂の持ち主だということを悟るのです。その真実は、自分を惨めさから解放してくれます。



「全ては外側にある」

では現代に生きる「すべては外側にある」主義の私たちは、どうするでしょうか?


誰かが羨ましくなったら、ポジティブな言葉が、いっときの気分を良くさせてくれるかもしれません。

自分を奮い立たせ、自分を輝かせるため心機一転、買い物をしたり髪を切りに行くでしょうか。


「羨ましいのは、本当はあなたがそうなりたいからだ」という言葉を信じ、インフルエンサーへの道を漕ぎだすかもしれません。


惨めでも人を羨むような存在でもなく、真実は、輝く心の持ち主だという本当の姿を知らぬまま・・・。


私たちのすべての問題は、真実を知らないことにあるのです。


真実は白線の向こう側にある


時に問題や不安や悩みが外側から解決することもあるかもしれません。しかし問題は起こり続けるでしょう。なぜなら私たちが真実を知らないからです。


ジグソーパズルが半分のピースでは完成することはなく、背景だけではどんな絵なのか分からないように、人生で起こる出来事もすべてのピースが揃わなければ本当の絵は見えてきません。


私たちが「現実」と勝手に決めたラインよりも外、「現実でない」と決めつけている部分を合わせて初めて、全体の絵が見えてきます。そして一番重要な絵は「現実ではない」としているその部分にあるのです。



この記事を"今"書いたワケ

この記事は、5日も時間をかけて書くことになりました。どうしても今、出さなければいけないタイミングだからです。


①の記事では以下のような記述がありました。


このように歴史の中での強烈な出来事、特にネガティブな出来事を通して、多くの人が共通の教訓を持つことによって、この世界の集合意識、「現実」と呼ばれる範囲が決まるのは事実です。

地球規模のネガティブな出来事ー、それはまさに今ではないでしょうか?


今がまさに、「現実」の白線が引かれ直そうとしている時なのです。


私たちはかつて体験したことのない地球規模のパンデミックや戦争、大災害を通過しようとしています。それは局部的な地域や国だけに影響するものではなく、地上に住むすべての人が影響を受けるものです。そしてこれから、状況はどんどん悪くなっていきます。


その体験の中で、私たちは必ず教訓を持つでしょう。それが次の世界を作ります。


安定や安心を強く求めるようになるかもしれません。仕事や未来への保証、価値の変動しない資産、奪われることのない娯楽や快適さ、病気にならない身体、美しいままの自然、....それをこの「現実」の中で探していきます。


この世界で叶わなければ、新しい世界へ、仮想世界へと飛び出してくでしょう。地球の外に出るかもしれません。


しかし、それは「現実」が広がったのでしょうか?



いいえ、広がったように見え、現実はどんどん狭くなっているのです。狭まれば狭まるほど、私たちは「内側にすべてある」という真実を忘れていきます。そして外側へ外側へと、もがくように、ついには仮想世界をも作り上げて、私たちは不安定な外側にしがみつかないといけなくなるのです。



安心や喜び、恐れのなさが、まさか自分の内側にあるとはー、まさかこんな近くにあるとはー、夢にも思わないでしょう。VRも宇宙船も必要なく、どこかに行くこともなく、今自分の居るその場所でいいのですから。


白線の外側を歩く貴重さ


だから今、もし、私たちの数人が、勇気を出し、白線の向こう側「すべては内側にある」という真実へと歩くのなら、その人たちの歩いた分だけ、ただの野っ原は道となるのです。うっすらでも道ができれば、それに続く人が出てくるでしょう。最初はたった数人かもしれません。しかし、その数人が未来に続く内側の泉までの道を確かに作るのです。


内側の泉はある


忘れられた「魔法の泉」はたとえ話ではありません。心に幸せがあるよ、という誰もが知っているようなスローガンや、気分を良くするためだけのスピリチュアルな話でもありません。それは存在します。私たちの内側に確かにあるのです。ただ、ほとんどの人が行く道を知りません。泉があることを知らないからです。


誰でもなんとなく、自分の中に幸せがあることは知っています。気功や呼吸法、瞑想などしている人は、心の波が穏やかになる平安さを知っているかもしれません。


しかし、魔法の泉はその奥にあり、私たちが内側のその源泉に出会うと、本当に平安が訪れ、私たちの何かを変えてしまいます。


まるで、戸棚に隠しておいたお菓子をすっかり忘れ、買い物に出かけ、帰って戸棚を開けて思い出すように。「そうだ!ここにあったんだ、外に買いに行く必要はなかった!」そうして、私たちは外に平安を買いに行く必要がなくなるのです。もうその場所がわかっているからです。


歩く人たち

この記事が自分の記事だと感じた人は、「現実」の白線を超え、その向こう側へと踏み出すよう、促されているのです。つまりは「すべては内側にある」という信念へ歩き出すのです。それはごく個人的な試みです。他の人には分からないかもしれません。言っても理解されないかもしれません。自分の中だけで起こっているからです。


まず信じることです。そのようなものが本当に内側にあると、自分を信じてみるのです。そして何か困難があった時、そこからが始まりです。


あなたの人生で試されるべきなのです。あなたは外側で解決したい沢山の気持ちをしまって、一度座って内側へと向かうのです。


そこからがすべての始まりです。




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